大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)2号 判決

一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。

そこで、本件審決にこれを取消すべき瑕疵があるかどうかについて考える。

二 審決は、引用例(成立について争いのない甲第三号証)には、「炭化物の析出を防ぐため下側を水冷し、或は銅当金か水冷式により冷却しながら溶接することが記載されている」と認定している。

そこで、引用例を検討すると、まず、第三一二頁下から四行目、三行目(「不銹鋼の金属電弧熔接」の項目)には、「炭化物の析出を防ぐため時々下側を水冷することが行われる。」との記載があるが、右部分には、「時々」下側を水冷することが行なわれると記載されているだけで、本件発明におけるように、「溶接している最中、常に」少なくとも溶接熱影響を受ける部分を、「直接液体冷媒に接触させて強制的に冷却しておく」旨は記載されていない。この点、被告は、常時であるか時々であるかは別として、とにかく水冷しながら溶接する事実は引用例に記載されていると主張するが、引用例に右のような記載があつても、それをもつて直ちに本件発明がそれから想到容易であるとする根拠とすることはできない。なぜならば、成立について争いのない甲第六号証(株式会社産報昭和四一年九月二五日発行岡田実、鈴木春義著「溶接冶金」第七版)の第九一頁第七行ないし第一一行及び第九四頁下から三行目ないし第九五頁第一〇行の記載によれば、本件出願当時、金属溶接においては、溶接開先などの溶接部に水分を存在させてはならない趣旨のことが記載されており、このことがむしろ技術常識であつたものと認められるから、引用例に時々下側を水冷することが行なわれる旨の記載があつても、右水冷は、被告主張のように溶接中に行なわれるものであるとしても、水を溶接部又は溶接熱影響部に常に直接接触させて行なうものではないことを推認させるものだからである。

次に、被告は、前記認定につき、引用例の原告指摘(事実欄第二、四(四)(1)第四段)の個所(第三二四頁第一三行ないし第一五行)には、「銅の当金或は水冷式により冷却しながら溶接」する旨の記載があり、ここでは「炭化物の析出を防ぐため」との記載はないけれども、その前の頁下から七行ないし五行には、オーステナイトマンガン鋼の溶接に際しては「焼割れ」を生ずると記載されており、焼割れの原因は高温による炭化物の析出に原因することは本件明細書にも記載があり、かつ、引用例の原告の指摘した個所には、多くの熱を与えることは禁物だから水冷すると記載されているから、多くの熱を与えないためという同部分の記載を、炭化物を析出しないためと言換えても誤りではないと主張する。

たしかに、引用例の第三二四頁第一三行ないし第一五行(「高マンガン鋼の溶接方法」の項目)には、「瓦斯溶接の場合の盛上げ方は九・一〇八図の如くに行ふ。多く熱をあたへることは禁物で銅の当金或は水冷式により冷却しながら溶接すべきである。」との記載があり、同第三二三頁下から七行ないし五行には「オーステナイトマンガン鋼は前述の如く不安定状態であるから溶接熱の影響で組織変化をなす。オーステナイト組織に於ける熱膨脹係数が軟鋼に比し遥に大なる上に変態に因る容積変化が起るので往々焼割れを生ずる。故に溶接作業には充分注意を要するのである。」との記載があり、右各記載を総合して勘案すれば、被告主張のように、引用例には、炭化物の析出を防ぐため銅当金か水冷式により冷却しながら溶接する旨の記載があると認定することもできないものではない。

しかしながら、そうであるとしても、引用例の前記前段の引用個所には、「多く熱をあたへることは禁物で銅の当金或は水冷式により冷却しながら溶接すべきである。」と記載され(ここでいう水冷式とは、当金を水冷するもので直接水冷ではないと考えられる。)、一方、本件明細書には、従来は熱影響部における「高温割れ」防止のため溶接入熱量を低く設定していたと前提したうえ、「本発明の目的は溶接入熱量を高めても、溶接欠陥が生じないようにした新規な溶接施工方法を提供することである。」(本件公報第二欄第八行ないし第一〇行)と記載されていることが認められるところからすれば、引用例が、冷却しながら溶接すべきであるというのは、焼割れのような熱の影響によつて生ずる欠点をなくするためには、なるべく入熱量を少なくして溶接するか、冷却する場合もあまり急激な冷却は避けて間接的になすべきことを言つている(成立について争いのない甲第八号証の三によれば、一般に焼割れとは、焼入れに際し冷却速度を大きくすることによつて生ずる焼歪みや大きな内部応力の残留のことであり、焼割れの発生は徐冷によつて防ぐことが認められる。)のに対し、本件発明は、溶接入熱量を高めても、熱影響部を常時直接冷却することにより「高温割れ」(成立について争いのない甲第一二号証-本件発明の昭和五二年一一月一四日付の手続補正書―によれば、本件発明でいう「高温割れ」とは、溶接加熱による熱影響部に生ずる炭化物の析出及び同部に生ずる溶接後の収縮変形をいうものであることが認められる。)を防止できるとし(本件公報第二欄第一九行ないし第三〇行及び前掲手続補正書)、この溶接方法について特許出願したものであつて、同じ水冷といつても、両者はそれを用いる技術思想もその程度も異なるものといわざるを得ず、これに応じて冷却の方法、程度も異なるものと認められる。しかして、本件発明が、被溶接材の少なくとも溶接熱影響を受ける部分を液体冷媒に接して冷却する点において新規性を有することは、被告もこれを認めるところである。

三 以上のとおりであるから、審決のいうように、引用例には、「オーステナイト鋼は溶接熱の影響で組織変化を起し、変態による容積変化のため焼割れを生ずるから、溶接作業には注意を要すること、炭化物の析出を防ぐため下側を水冷し、あるいは銅当金か水冷式により冷却しながら溶接する」ことが記載されているとしても、そのことから直ちに、オーステナイト鋼管を突合せ溶接している「最中、常に」右鋼管の「少なくとも溶接熱影響を受ける部分を、直接液体冷媒に接触させて」強制的に冷却する本件発明の方法が容易に想到することができるものということはできない。

なお、本件公報第三欄第三八行ないし第四欄第二六行、第七図によれば、本件発明の方法は従来例に比べてクリープ破断時間の点において、また成立について争いのない甲第七号証によれば、冷却速度の点において、本件発明の方法を用いるものが、水冷式銅当金を用いるものよりも、格段に優れていることを一応認めることができる。

四 右説明のとおりであつて、本件発明は引用例の記載に基づいて、容易に発明することができたものと認めた審決は違法と認められる。よつて、これを取消す。

〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。

オーステナイト鋼管を突合せ溶接している最中、常に上記鋼管の少なくとも溶接熱影響を受ける部分を、直接液体冷媒に接触させて強制的に冷却しておくことを特徴とする、オーステナイト鋼管の溶接施工方法。

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